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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)3848号 判決 1965年11月08日

原告 高木清兵衛

被告 日本電信電話公社 外九名

訴訟代理人 古館清吾 外六名

主文

一、被告日本電信電話公社は、(一)別紙第一物件目録記載の土地について仙台法務局昭秘二二年五月一六日受付第二、八七三号の所有権移転登記、(二)別紙第一物件目録記載(1) 、(2) 、(3) の土地について同法務局昭和二八年二月一六日受付第九五五号の所有権移転登記、(三)別紙第一物件目録記載(4) の土地について同法務局昭和二八年二月一六日受付第九五六号の所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

二、被告日本電信電話公社は原告に対し、金二〇五、〇一九円の支払と引換えに別紙第三物件目録記載の土地を引渡し、かつ、昭和三八年六月二〇日から右引渡ずみに至るまで一ヵ年金一四、五三九、二九七円の割合による金員の支払をせよ。

三、原告の被告日本電信電話公社に対するその余の請求およびその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は、原告と被告日本電信電話公社との間では原告について生じた費用を二分し、その一を同被告、その余を各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間では原告の負担とする。

五、この判決は、原告において被告日本電信電話公社に対して、金五〇、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは第二項の引渡の点について、金七、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは同項の金員の支払の点について、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は「一、主文第一項同旨または、被告日本電信電話公社(以下被告公社という。)は原告に対し、別紙第一物件目録記載の土地(以下第一土地という。)について所有権移転登記手続をせよ。二、主文第二項同旨。三、原告と被告公社との間において原告が別紙第二物件目録記載の土地(以下第二土地という。)につき所有権を有することを確認する。四、第二土地について、被告公社は仙台法務局昭和二二年五月一六日受付第二、八七三号の所有権移転登記の抹消登記手続を、被告公社を除くその余の被告ら(以下被告斉藤らという。)は同法務局昭和二三年一二月一六日受付第八、五九二号および昭和三七年二月九日受付第三、三七八号の各所有権移転登記の各抹消登記手続をなし、または、被告斉藤らは原告に対し、所有権移転登記手続をせよ。五、原告に対し金五〇、九九六円の支払と引換えに、被告斉藤三郎は別紙第五物件目録記載の建物(以下第五建物という。)を収去して別紙第四物件目録記載の土地(以下第四土地という。)を明渡し、被告斉藤三郎を除くその余の被告斉藤らは第四土地の引渡をせよ。六、被告斉藤らは原告に対し、連帯して昭和三八年六月二〇日から第四土地明渡引渡ずみに至るまで一ヵ年金二、四五七、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。七、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに第二、五、六項について仮執行の宣言を求め、被告公社指定代理人および被告斉藤ら訴訟代理人はいずれも「一、原告の請求を棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、原告は昭和二二年一月一七日訴外国(契約担当官吏、逓信省仙台逓信局長浦島喜久衛)に対して、第一、第二土地(以下あわせて本件土地という。)を代金二五六、〇一五円で売渡し(うち第一土地の代金は二〇五、〇一九円、第二土地の代金は五〇、九九六円)、国は右土地について仙台法務局昭和二二年五月一六日受付第二、八七三号をもつて逓信省のためにその旨の所有権移転登記を了した。

二、国は昭和二三年一一月一日、第二土地と訴外斉藤真所有の仙台市東三番丁一四八番の二の土地とを交換し、斉藤真は第二土地について仙台法務局昭和二三年一二月一六日受付第八、五九二号をもつて、右交換を原因とする訴外斉藤蔵之助のための所有権移転登記を了した(右蔵之助は昭和一〇年一月二二日穏居し、その子斉藤真が家督相続していたが、右一四八番の二の土地の名義が蔵之助のままであつたので、第二土地も蔵之助名義とした。)。

斉藤真は昭和二五年一月二日死亡し、被告斉藤らが同人を共同相続し、第二土地について仙台法務局昭和三七年二月九日受付第三、三七八号をもつて、共同相続を原因とする所有権移転登記がなされた(登記簿上は、昭和三四年二月八日死亡した前記蔵之助を被告斉藤らが共同相続したように表示されている。)。

三、被告公社は行政改革によつて逓信省の所管事項、地位を承継し、独立の法主体性を有するものであり、第一土地のうち(1) 、(2) 、(3) の土地については仙台法務局昭和二八年二月一六日受付第九五五号をもつて、(4) の土地については同法務局同日受付第九五六号をもつて、右承継を原因としてそれぞれ被告公社のため所有権移転登記がなされた。

四、再売買の予約について

(一) 昭和二一年九月一〇日ごろ、本件土地の原告、国間の前記売買(以下本件売買という。)の交渉がなされた際、仙台逓信局の営繕課長渡辺日露史は「本件土地は電信局の新築建物の敷地として使用するものであるが、右建物は戦災直後の応急措置として仮建築であるから、将来別の場所に電信局を本建築とし、本件土地が不用となれば優先的に返還する」と原告に言明し、ここに右時期を不確定期限とする再売買の予約がなされた。この際、再売買の代金額については明示されなかつたが、本件売買の際の諸事情を総合し、黙示的に売買価格と対当額をもつてする旨の了解があつたものと推定するを相当とする。

なお、逓信局分課規程(昭和二〇年七月公達第五六号)によれば、地方逓信局の総務部営繕課の分掌事項は「一、国有財産及営繕に関する事項 二、庁中取締及庁務に関する事項」と定められているから(第五条の二)、渡辺営繕課長がその職務権限の範囲内において、本件売買に関してなした意思表示の一切は、その所属する国の意思表示としての効果が生ずることになるのである。

また、同年九月一五日ごろ、仙台逓信局長から依頼を受けた当時の仙台市長岡崎栄松も原告に対して「電信局は応急の建物だから不用になれば返すと逓信局長が約束しているから、本件土地の売却を承諾してくれ」と申し入れているが、右申し入れは、逓信局長の使者としてなした意思表示である。

(二) その後昭和三七年一月ごろから仙台市東二番丁に仙台電信局の本建築が始まり、同三八年五月ごろ完成し、同年六月二〇日に本件土地上の建物から右新庁舎に移転し業務を開始した。したがつて、すでに前記期限は到来した。

(三) そこで原告は被告公社に対し、昭和三八年六月一九日の本訴の口頭弁論期日において、右再売買の予約完結の意思表示をした。

五、錯誤について

(一) 昭和二一年九月一〇日ごろ、本件売買の折衝が行なわれた際、渡辺営繕課長は、当初売買の申し入れを断わつていた原告に対し(原告は以前から本件土地外一筆の土地において酒造業を営み、「鳳山」という東北地方で有数の銘酒の製造をしており、戦災で酒造場および店舗が焼失したので、その再建を図つていた。特に、第二土地の(1) の部分には、酒造業の生命である井戸があるので、原告は少なくとも右土地だけは売買の対象から除外してもらいたいと懇請した。)、「通信機関の緊急整備は進駐軍の至上命令であり、もし原告が本件土地の売却を拒絶すれば、進駐軍からの命令によつて接収せざるを得ない。そうすれば原告にとつても不利だからぜひ売買に応じてほしい」と述べ、暗に承諾しなければすぐにも悪い条件で進駐軍の命令により接収するかのような態度を示した。岡崎仙台市長もそのころ原告宅を訪問し、「進駐軍の強い要望があるからまげて売買に応じてくれ」と懇願した。

ところが事実は、進駐軍の接収はその直接の用務に供するものに限られ、それ以外の日本政府の用務のためには、日本政府独自の法律を基礎としてなされればいいのであるから、進駐軍による強権の発動はなされる理由がなかつたのである。

しかし、原告は、当時の進駐軍の威力、民間住宅および官庁建物等に対する接収の実例を数多く見聞し、政府機関の役人がそういうのであれば接収は間違いないものと考え、遂に父祖からの伝承の本拠地の一部であり、また、前記酒造業再建のため売渡す意思を全然持つていなかつた本件土地を、接収されるよりはと考えて、後記のとおり原告に極めて不利な条件であるにかかわらずやむなく売却することを承諾した。そして、その代金の決定については一切逓信局に任せた(代金は時価の五分の一であつた。)。このように、「売却に応じなければ接収される」ということが、原告の売却の意思を決定するに当たつて、最大の動機を形成しているのである。

(二) また、原告は、前記の渡辺営繕課長および岡崎市長の「電信局は応急の仮建築だから、本建築になり本件土地が不用になればこれを返す」との言を信じて、この事実が原告の本件土地売却の意思決定の第二動機となり、結局本件土地の売渡しを承諾したのであるが、仮に、国と原告との間に再売買の予約の成立がなかつたとするならば、認識と事実との間に不一致がある。

(三) 国は本件土地を原告から、仙台電信局の建設用敷地として使用するということで買受けたが、事実は前記のとおりそのうち第二土地は斉藤真との交換の対象に供し、電信局の建物敷地としては使用していない。

(四) これらの事実は、本件売買を原告が承諾するに当たつて、極めて重要な動機となつたのであるが、右動機は原告および国(当時は逓信省の渡辺課長)が相互に表示しており、既に述べたとおりこれらの事実がなかつたならば原告は到底本件売買に応ずることはなかつたし、また原告以外の何人もそうであつたであろう。したがつて、原告の承諾の意思表示は、その表示された動機に重大な錯誤があり、本件土地の売買契約は法律行為の要素の錯誤として無効である。

六、公序良俗違反について

(一) 本件土地の売買の交渉が行なわれた当時は、日本が被占領国という特殊の情況から、占領軍に絶対服従義務を負つており、国民もまた理屈を超越して占領軍の威力の前にひれ伏していた時代であるが、原告は最初は本件土地の売却を拒否し重ねて逓信局に呼び出されて執ように売渡しを迫られながらもなおも拒否を続けていたのであるが、渡辺営繕課長は前記のとおり「本件土地に電信局を建設せよという進駐軍の命令だから」として承諾を迫り、「あくまで売らなければ進駐軍が接収することになる」と高圧的な態度で言明したので、当時進駐軍関係の接収がいとも無雑作に行なわれているのを見聞していた原告は、進駐軍の命令で建設する電信局であるから、接収は必然であると信じ、接収されれば万事休すと考えて、売買を承諾せざるを得ない状態に追い込まれたのである。

ところで、いわゆる暴利行為が民法第九〇条によつて無効とされるゆえんは、窮迫、無知、軽率等正常な判断をなし得ない状況下に置かれている相手方との取引において、これに乗じ著しい不利益を相手方に与える行為が、社会的妥当性を欠き、このような行為は法の保護に値しないからであるが、「窮迫」とは、経済的窮迫に限定すべきでなく、事例ごとに客観的事情全体から判定すべきであつて、これらの事情のために取引行為の取捨選択を自由になし得る判断能力をはく奪された状況下にあることを意味する。そして、本件売買において原告は、接収に関する法令等に無知な一民間人として、正常な状態におけると同様に本件土地を売却するか否かを判断するに由なく、どうしても売却を承諾せざるを得ない立場に立たされて売渡しを承諾したのであつて、要するに原告は右のような意味における「窮迫」の状況にあつたものである。

(二) しかも、原告は売買代金の決定は一切逓信局に任せ、右代金は第一、二の土地を通じ坪当たり平均六二六円であり、その半額は封鎖預金として原告に交付されたのであるが、当時の本件土地の時価は坪当たり三、〇〇〇円にも上り、その外に原告としては本件土地を売却することによつて造酒石高の七〇パーセントの小売販売の利益を失い、南染師町という仙台市の片すみに移ることによつて目に見えぬ不利益をも受けるなど、ばく大な損害を被ることになるのである。

このように、原告の給付と国の給付とは著しく均衡を失し、原告は過大な反対給付を余儀なくされたといわなければならない。

七、詐欺について

(一) 本件土地の売買交渉において、渡辺営繕課長は原告に対し当時接収は日本政府の用務のためには行なわれなかつたのに「あくまで売却を拒否するならば、進駐軍に接収してもらう」と虚偽の事実を申し向けて原告をだましてその旨誤信させて錯誤に落し入れ、原告をして、接収されるのであれば売却した方が良いと考えるに至らせ、本件土地を売却させたものである。

(二) また、同課長は原告に対し、「もし売つてくれれば、電信局は近く本建築になる予定であるから、そうなつて本件土地が不用になれば優先的に返還する」と申し向け、岡崎市長も「逓信局長が、本建築になれば返すと約束しているから」と述べ、原告は、不用になつたら本件土地を返還してくれるものと信じてその売却を承諾した。

そして、もし電信局が本建築になり、本件土地が不用になつてもこれを返還しないものであつたならば、渡辺営繕課長および仙台逓信局長(使者である岡崎市長を通じて)は、原告に前記のような虚偽の事実を申し向けて原告をだまし、原告をその旨誤信させて錯誤に落し入れて、本件土地の売却に応じさせたことになる。

(三) そこで原告は被告公社に対し、昭和三八年九月二三日の本訴の口頭弁論期日において、本件土地の売買契約におけるその意思表示を取消す旨の意思表示をした。

八、公法上の返還請求権について

(一) 土地収用法第一〇六条は、収用の時期から一定期間内に、事業の廃止、変更その他の事由によつて起業者が収用した土地の全部もしくは一部が不用となつたときは、収用の時期に土地所有者であつた者は、一定期間内に、土地については支払を受けた補償金に相当する金額を起業者に提供してその土地を買受けることができると規定している。

右の返還請求権は、憲法第二九条の精神からその趣旨を拡張して財産権に対する保護を厚くしたものであつて、土地収用法の右規定により秘めて認められたとみるよりは、憲法第二九条は、財産権不可侵の原則から、単に土地収用前の財産権の保障に限定せず、土地収用の必要がなくなつた場合においても、私人の財産権を本来の姿に回復させ、あくまでも財産権を保障するという精神に立脚するものであつて、返還請求権は憲法そのものに由来しているというべきである。

(二) そうだとすれば、単に土地収用法に基づく土地収用の場合に限定することなく、事実上国の事業目的のために売買等の形式で取得された場合でも、それが強権的な色彩を具備するときには、右の土地収用法の規定が準用され、公法上の返還請求権が発生すると考えるのが妥当である。

(三) 本件においては、原告は当初売渡しを拒絶したのであるから、本件土地収用法により収用するべきであるのに、進駐軍の勧告に逆らうことができない諸般の状況から、「接収する」「いらなくなれば返還する」等と述べて、原告を売買を承諾せざるを得ないような状態に落し入れたのであつて、その売買の形式は別として、売買締結の重要な因子となつたものは強権的なものであるから、実質上は土地収用というべきである。

(四) そこで原告は被告らに対し、昭和四〇年五月二九日の本訴の口頭弁論期日において、右返還請求権を行使した。

九、仙台市の都市計画に基づき、昭和二六年ごろ第一土地について仮換地の指定があり、その仮換地は第三土地と定められた。

そして、被告公社は第三土地を昭和三八年六月一九日以前から占有している。

一〇、同様に第二土地についても仮換地の指定があり、その仮換地は第四土地と定められた。

そして、昭和三八年六月一九日以前から、被告斉藤三郎は第四土地上に第五建物を所有して右土地を占有し、その余の被告斉藤らも第四土地を占有している。

一一、被告らが右のとおり、故意または過失により原告の第三、第四土地の使用収益を妨げていることによつて原告に与えている損害の額は、昭和三八年七月の右土地の時価、坪当たり八一九、〇〇〇円の五%(一年)を基礎にして算出した金額、すなわち一ヵ年につき第三土地(三五五坪〇五)は一四、五三九、二九七円、第四土地(六〇坪)は二、四五七、〇〇〇円をもつて相当とする。

一二、よつて原告は被告らに対して次のとおり請求する。

(一) 被告公社に対して

(イ) 錯誤、公序良俗違反または詐歓の主張が認められたときは、第一、第二土地について、前記逓信省および被告公社のための各登記の抹消登記手続

再売買の予約または公法上の返還請求権の主張が認められたときは、第一土地について、所有権移転登記手続

(ロ) 二〇五、〇一九円(第一土地の代金)の支払と引換えに第三土地の引渡

(ハ) 第三土地の占有開始後である昭和三八年六月二〇日からその引渡ずみに至るまで一ヵ年につき一四、五三九、二九七円の割合による金員の支払

(ニ) 被告公社は第二土地の所有権が原告に属することを争つているので、原告と被告公社との間において、右土地について原告が所有権を有することの確認

(二) 被告斉藤らに対して

(イ) 錯誤、公序良俗違反または詐欺の主張が認められたときは、第二土地について、前記斉藤蔵之助および被告斉藤らのための各登記の抹消登記手続

再売買の予約または公法上の返還請求権の主張が認められたときは、第二土地について、所有権移転登記手続

(ロ) 五〇、九九六円(第二土地の代金)の支払と引換えに、被告斉藤三郎は第五建物を収去して第四土地の明渡、その余の被告斉藤らは第四土地の引渡

(ハ) 第四土地の占有開始後である昭和三八年六月二〇日からその明渡引渡ずみに至るまで、連帯して一ヵ年二、四五七、〇〇〇円の割合による金員の支払

(被告らの答弁)

一、請求の原因第一、二、三項各記載の事実は認める。

二、同第四項(再売買の予約)(一)について

仙台逓信局営繕課長渡辺日露史が本件土地につき原告と売買の折衝をしたことおよび当時の岡崎仙台市長が本件土地の売買に関し、仲介の労をとつたことは認めるが、その余の原告の再売買の予約に関する主張事実は否認する。

なお、渡辺課長は単に買収事務の所管課長として下交渉に当たつていたに過ぎず、このような地位にあるに過ぎない渡辺が電信局庁舎敷地の法律的、事実的運命をあらかじめ決するような重要な法律行為をあえてするとは到底考えられないし、そのような権限もなかつた。

原告の主張が不合理であることは、次の諸点からも明らかである。

(イ) 一般に土地に関する再売買の予約は、買戻と同様、融資に伴う担保に関する契約の一環としてなされるのが普通であつて、本件のように建物所有の目的をもつてする土地の取得の場合にこのような特約がなされるのは絶無に近いといえるし万一よほど特殊な事情があつてそのような重要な合意がなされる場合は、当然このことが契約書に明示されるはずであるのに、本件「土地買収契約書」にはそのような特約の存在をうかがわせるような記載は一言半句もない。

(ロ) 仮建築にしろ本築建にしろ、敷地が必要なことは変りないし、本建築のときこそ確定的、恒久的にその土地が必要になるのである。もし渡辺の言明の趣旨が、本件土地上の建物は臨時的のものであり、早晩他の土地に移転設置されることが予定されていたということであれば、買収でなくても賃貸借でことは足りる。

また、大都市の電信局の設置はぼう大な通信用機械設備を伴うものであつて、ある場所への臨時的設置を計画することは軽々になし得る性質の事柄ではない。

(ハ) 再売買の代金が当初の売買代金額相当額であるというのも奇異である。担保契約の一環として再売買の予約がなされるときは、当初の売買代金(融資額)相当額をもつて再売買の代金とすることも十分の合理性があるが、当該土地自体の取得を目的とした売買における再売買の予約においてその代金額を当初の売買代金相当額とするというような非合理的、非経済的な約定は常識では考えられない。

なお、仮に原告と国との間に再売買の予約が成立していたとしても、原告は対抗要件である予約完結権の仮登記を備えていないから、第三者である被告斉藤らには対抗できない。

三、同第五項(錯誤)について

(一) 本件売買当時、進駐軍の命令によつて、日本政府のために接収ができなかつたことは認める。しかし、昭和二一年ごろ進駐軍筋から仙台電信局の新築を勧告されていたのは事実であるから、売買折衝の過程でこの事実をも訴えて本件土地の売却方を原告に懇請したであろうことは十分相像されるところであるが、進駐軍の命令によつて接収するというような虚偽の事実を申し向けて高圧的な態度に出、それが原告の唯一の動機になつて本件土地を売渡すことにしたとは到底考えられない。

また、至極合理的な経済人である原告が、自己の経済的利害を度外視して、いちずに取引の相手方のいうことをうのみにして、それが決定的な動機になつていたら先祖伝来の高価な土地をみすみす手放すことにしたというような、およそ無知、無思慮、無経験な、年はもいかない未成年者のするような行為をあえてするものではないことは多言するまでもない。

本件土地の売買の折衝の過程では、もつぱら売買価格の点について交渉が重ねられたのであつて、原告としてはその利害得失について熟慮に熟慮を重ねたあげく、二五万円余の価格で売渡すことを決定しているのである。(この価格が妥当なものであつたことは後述する。)

ところで、およそ売買その他の法律行為をするに当たつては、当事者はそれぞれ何らかの、そしていくつかの動機をもつてするのが普通であろうが、その中で特にいわゆる有償双務契約にあつては、結局自己の経済的利害に関するものがその中心であつて、経済外的な動機はあつたとしても付随的な意味のものである場合が多いであろう。そして、このような性質の経済外的な動機はたとえそれが表示されていようとも契約の解釈上それは契約の内容とされていないと解すべきである。したがつてまた、それなくしては契約をするはずもなかつたといい得る性質のものでもないのである。要するにそのような動機は要素の錯誤として法律上取り上げるに値しないものなのである。けだし、種々雑多の動機をうんぬんして法律行為の効果を問題にするのは取引の安全をそこなう以外の何物でもないからである。

(二) 否認する(再売買の予約に対する答弁のとおり)。

なお、仮に「本建築時に優先的に返還する」旨の約定が売買契約時に成立していれば何らそこに表示と内心との不一致が存在しないのであるから、理論的に要素の錯誤が成り立つはずがない。また、売買契約時に「本建築の時には返還される」旨の約定が成立していないとすれば、現にその内容が当該契約に表示されなかつたのであつて、原告の将来に対する内心的期待に過ぎなかつたことに帰し、そのばく然とした(将来の返還時における代価の清算、その予想時期、その他の詳細の表示は全くない。)将来に対する一方的願望をもつて要素の錯誤とみることはできない。

(三) 第二土地と斉藤真所有の土地とを交換したのは、逓信局としては電信局の敷地の一部として斉藤真所有の土地が必要であつたところ、一方斉藤としてはその場所に医院を開設する必要があつて買収に応じ難い状況にあつたので、妥協案として同地に隣接する第二土地を逓信省において取得した上、これと斉藤真所有の土地とを交換することとしたためであつた。

したがつて、第二土地は電信局敷地としては直接使用しなかつたのであるが、電信局敷地を取得するために必要不可欠な土地であつたわけであり、電信局用地として使用されたと同様の機能を果たしたわけである。

四、同第六項(公序良俗違反)について

(一) 渡辺課長が原告主張のような言明をし、高圧的な態度をとつたことは否認する(錯誤(一)に対する答弁のとおり)。

(二) 本件土地の売買価格はまことに妥当な価格であつた。すなわち、本件土地の売買価格について仙台逓信局においては契約締結に先立つ昭和二一年九月、仙台税務署長および仙台市長にその評価を求めたところ、仙台税務署長は新伝馬町の土地については坪当たり四〇〇円、東三番丁の土地については坪当たり八〇円ないし九六円が相当である旨、仙台市長は「坪当たり七〇〇円が相当と思うが、関係地主は都市計画の実施による値上りを見越しているのでこの点も考慮し、八〇〇円が時価として相当であろう」と、それぞれ回答したので、この回答を重要な参考資料として折衝した結果、同年一〇月一二日、原告は新伝馬町の土地については坪当たり八〇〇円東三番丁の土地については坪当たり五五〇円(平均坪当たり六二六円)で売渡すことを承諾したのである。

以上の次第であつて、比較にならない安い値段であるどころか、むしろ売主に有利な時価相場が採用されているとさえいい得る。

五、同第七項(詐欺)について

(一) は否認する(錯誤(一)に対する答弁のとおり)。

(二) は否認する(再売買の予約に対する答弁のとおり)。

六、同第八項(公法上の返還請求権)は争う。

七、同第九項のうち、第三土地を被告公社が原告主張の日以前から占有していることは認めるが、第一土地の仮換地が第三土地であることは否認する。

八、同第一〇項のうち、原告主張の日以前から、第四土地の上に被告斉藤三郎が第五建物を所有して右土地を占有し、その余の被告斉藤らも右土地を占有していることは認めるが、第二土地の仮換地が第四土地であることは否認する。

(被告斉藤らの抗弁)

一、錯誤の主張について

(一) 仮に原告主張のように、接収が必然であると信じた点に要素の錯誤があつたとしても、売買に応じなければ真実進駐軍に接収されるものか否かは、市当局、渉外事務所、特別調達局または県の渉外関係なりを調査すれば簡単にその真偽は判明するのであつて、当時岡崎仙台市長みずから、原告の親しい友人として本件土地の売買のあつ旋の労をとつて原告方を訪問してまで懇請している位であつたのだからその当時原告としては、右事実の真否をただすことは一挙手一投足の労で可能であつたはずであるが、右調査質疑等を詳細になさなかつた点に、原告には重大な過失があるものというべきである。

(二) 仮に原告主張のように、本建築になれば本件土地は優先的に返還されると信じた点に要素の錯誤があつたとしても、もしそれが売買契約の重要な要素であつたとすれば、当然その旨契約書上にはもち論表示されるべき筋合のものであり、かつ、再売買の予約の仮登記をする等の手段をとるべきものである。しかるに、これらのことは何らなされておらず、この点において原告には重大なる過失がある。

二、詐欺の主張について

仮に原告主張のような詐欺の事実があつたとしても、斉藤真はその事実を知らなかつたのであるから、原告は詐欺による取消しをもつて善意の第三者である斉藤真およびその相続人である被告斉藤らに対抗できない。

三、時効の援用

仮に原告の主張が理由があるとしても、斉藤真およびその共同相続人である被告斉藤らは、昭和二三年一二月一六日交換の登記をして以来、第二土地および第四土地(仮換地指定後)を自己所有のものとして引続き平穏、公然に占有し、斉藤外科として医院を同所に開業しており、斉藤真は交換の相手が国(逓信省)であるというので、絶対的に近い信頼をもつて交換したのであつて、その占有の始め善意、無過失であつた。

よつて、被告斉藤らは昭和二三年一二月一六日以降一〇年の期間の経過によつて第二土地の所有権を時効によつて取得したので、本訴において右時効を援用する。

四、権利濫用について

原告は受領した代金二五万円余を今日まで長年月にわたつて利用し、何ら苦情も述べず、その売却後まもなく行なわれた国と斉藤真間の第二土地の交換の事実を熟知しながら長年月放置しておいて、一〇数年余の平穏な日時が経過し、もはや返還請求などあり得ないと思われる状況になつてから、今さら原告と国との売買契約は無効である等と主張して、善意無過失の被告斉藤らに対してまで土地の明渡やばく大な損害賠償を求めているのであるが、仮に、原告との間に無効等の原因が介在していたとしても、被告公社に対して損害賠償等の諸求をすることは別として、右のような本訴請求は権利の濫用である。

(被告斉藤らの抗弁に対する原告の答弁)

一、被告斉藤らの抗弁第一項について

(一) 原告が調査、質疑を詳細にしなかつたことは認めるが、当時日本政府の用務のためには接収できないということは、特別な立場にある官吏しか分かつておらず、一般官署では占領軍の命令、勧告があれば仕方ないとして服従せざるを得ないと思つていた状況下であり、まして民間人としては接収は不可避と信じていたのであるから、接収の範囲について調査、質疑しないからといつて重大な過失にあたるものではない。

(二) は否認する。契約書に本件土地の返還について記載があれば錯誤は問題にする余地がなく、また、仮登記の問題も過失の有無とは無関係である。

二、同第二項は否認する。

原告と国との間の売買の交渉経緯について斉藤真が詳細には了知していなかつたであろうことは認めるが、少なくとも逓信局の強圧により、しぶしぶ売却したものであることは、原告と古くから隣家であり、交際もあつたのであるから、知り得ないはずはなく、斉藤真が善意であつたとの主張は失当である。

三、同第三項については、占有の始め善意、無過失であつたことは否認し、その余の事実は認める。斉藤真は、いずれ第二土地は返還するものとの建前のもとに占有を始めたのであるから、善意ではない。

四、同第四項は争う。

原告が苦情もいわずに長年月放置していたのは、国および被告公社が本件土地を返還してくれるものと信じたればこそである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求の原因第一、二、三項各記載の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこでまず原告の錯誤の主張(一)について判断する。

(一)  証人高木善治郎、高木俊雄、北川正次の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)および右高木善治郎の証言によつてその成立を認め得る甲第二一号証、第二二号証の一、二によれば、昭和二一年九月、逓信省仙台逓信局渡辺日露史営繕課長から原告に対し、本件土地を電信局の建設敷地としてぜひ売つてもらいたいとの申し入れがあつたが、当初原告は、本件土地は原告の親の代から酒の醸造場と営業所のあつた場所で、その建物は戦災で焼失しはいたが、新しい営業所等をどこに置くかも決定していなかつた段階であつて、製品を貯蔵しそこから小売店へ配達するための倉庫をここに置くと好都合であるとの考えもあり、また、第二の土地の(1) には、酒造にきわめて大切な良質の水の出る井戸も存していたので、右申し入れを強く断わつたところ、渡辺課長はさらに「電信局を新築せよというのは進駐軍の命令である。もし、どうしても売らなければ、進駐軍の命令によつてアメリカの手により接収することになる」旨言明したので、当時仙台市内において進駐軍のために民間住宅あるいは官庁等が接収された事例を多数見聞していた原告は、渡辺課長の右のような言を真実であると信じ、進駐軍の手によつて接収されるよりは売渡しに応じた方が良いと考え、遂にやむを得ず本件土地の売却を承諾し、その代金の決定については、右のとおり売却を拒否すれば進駐軍によつて接収されるという話であり、かつ、渡辺課長は「電信局は仮建築だから、本件土地が不用になつた際にはその返還のためにできるだけ努力する」とも述べていたので、原告は将来の返還についての希望もいだいていたため、逓信局側に一切を任せ、その申し出の金額どおり売買契約を締結するに至つたことが認められ、右認定に反する証人浦島喜久衛、渋谷二郎の各証言は信用できないし、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。

(二)  渡辺課長が右認定のとおり言明したであろうことは次に認定するように、当時仙台逓信局としては、進駐軍の勧告を受けてぜひとも至急電信局の新設に着手しなければならない立場にあり、また、斉藤蔵之助との交換等の交渉に際しても渡辺課長あるいは逓信局係官は原告に対すると同じような態度で折衝に当つた事実等からも推測することができる。

すなわち、

(イ)  成立に争いのない甲第六号証、丙第一号証、証人斉藤ゑいの証言および被告斉藤三郎の本人尋問の結果を総合すれば、国(逓信省)は昭和二三年一一月一日、原告から買受けた第二土地と斉藤真所有でその父斉藤蔵之助各義になつていた東三番丁一四八番の二の土地とを交換したが(以上の事実は当事者間に争いがない。)、その交渉に当たり、仙台逓信局の係官は、斉藤蔵之助が交換を拒否するや、同人に対し「交換にどうしても応じないならば、進駐軍(あるいはマツカーサー)の命令によつて交換する」旨を述べたので、同人はこれを不承不承、承諾するに至つたこと、また、その後昭和二三年一二月ごろ、仙台逓信局が斉藤蔵之助名義の東三番丁一四八番の四の土地上に無断で無線用鉄塔を建設したので斉藤側が直ちにその撤去方を要求したところ、逓信局側は「波長の関係で右土地に建設しないとうまくいかないから右土地を譲つてもらいたい。もし売却に応じないならば、進駐軍の命令によつて接収することになる」と返答したので、斉藤側は昭和二六年五月、その売却をやむを得ず承諾したことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(ロ)  その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第六七号証および証人浦島喜久衛、北川正次の各証言を総合すれば、昭和二一年九月当時、電気通信施設一般はもとより仙台電信局の新築についても進駐軍からの強い勧告、要請があり、当時の進駐軍の勧告等の性質上、仙台逓信局としてもこれを拒否するわけにはいかず、右新築について日時のせん延を許されない状態に追い込まれていたので、浦島局長は当時の岡崎仙台市長を訪れてその敷地を原告から買受けるについてあつ旋してもらいたい旨を依頼し、その際同局長は「進駐軍から至急電信施設を設けろといわれて非常に困つている。ついては市長の立場であつ旋してもらいたい」と述べたこと、そこで岡崎市長は原告方におもむき、浦島局長の言葉どおり、「アメリカ軍の強い要請もあることだから、ぜひ本件土地を譲つてやつてもらいたい」と懇請したことが認められ、証人浦島喜久衛の証言中右認定に反する部分は信用できない。

(ハ)  前記のとおり、本件土地の売買交渉の段階で、売買契約の最も重大な要素である価格の点について、仙台逓信局側と原告との間に析衝が重ねられた事実は認められず、本件土地の売買価格が当時の時価とくらべて相当であつたか否かについては、証人浦島喜久衛、渋谷二郎の各証言によると、本件土地の価格は逓信局において仙台市長および仙台税務署の回答(乙第一号証の二、三)に基づき算出したことが認められるが、しかし成立に争いのない乙第七号証、第一五、一六号証、丙第一号証、証人斉藤文雄の証言によりその成立を認め得る甲第一五号証、証人北村栄吉の証言によりその成立を認め得る同第一六号証、証人佐々木熊蔵の証言、郵便官署作成部分の成立に争いなく、右証言によりその余の部分の成立を認め得る同第七七号証、証人内田佐一郎の証言、同証言によりその成立を認め得る同第一四号証の一、証人松沢録太郎、高木善治郎の各証言および原告(第一回)、被告斉藤三郎の各本人尋問の結果を総合すれば、本件土地の昭和二二年一月当時の価格は坪当たり少なくとも二、〇〇〇円以上であつたことを認めることができ、右認定に反する証人渋谷二郎、藤田貞蔵の各証言は信用し難く、乙第一号証の二、三、第一〇号証の一ないし四も右認定を左右するに足りない。

(三)  ところで、「売却に応じなければ進駐軍の手によつて摂収することになる」旨の事実は、本件売買の契約担当官吏である浦島逓信局長でなく、渡辺営繕課長が述べているのであるが、成立に争いのない甲第六〇号証(逓信局分課規程)によれば、総務部営繕課は法制上も「国有財産および営繕に関する事項」を所管事項としていることが認められ、また証人浦島喜久衛の証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、本件土地の売買に関する両者間の合意が実質的にはすでに成立した後に、浦島局長が最終の段階で単にあいさつの意味で訪れるまでの一切の交渉は、渡辺課長に委せていたことが認められ、証人浦島喜久衛の証言中右認定に反する部分は信用できない。(証人高木善治郎の証言によつてその成立を認め得る甲第七〇号証の三によれば、浦島局長が原告宅を訪れたのは昭和二一年一〇月一二日であつたことが認められるが、一方本件土地の売渡しの「承諾書」(乙第二号証)も右同日付で原告から浦島局長あて差し入れられており、この事実からも、浦島局長が原告に会う前に、すでに実質的交渉は終つていたことがうかがわれる。)

このように法制上は、契約締結の権限を有する契約担当官吏は逓信局長であるとはいえ、契約担当官吏から交渉を委任された当該所管課長が原告に述べた事実は本件売買契約の当事者間において表示されていたものと解するのが相当である。

(四)  当時、真実は、日本政府の用務のためには進駐軍の命令によつて接収することができなかつたのであるから、前記認定事実によれば、本件売買契約における原告の意思表示には一応錯誤があつたものといい得る。

そして、前記渡辺課長の言明がなかつたならば、すなわち、右の錯誤がなかつたならば、原告はもとより普通一般人もそのような意思表示をしなかつたであろうと考えられるから、右錯誤は意思表示の内容の重要な部分に存する錯誤、すなわち、法律行為の要素の錯誤であるといわなければならない。

(五)  当時の占領下の客観的情勢からして、原告に、進駐軍が果たして日本政府のためにも接収を行ない得るものかどうかを調査することを期待することはできないから、原告がこのような調査を試みなかつたからといつて、右売買に当たつて、普通になすべき注意を著しく欠いていた、すなわち、重大な過失があつたとはいえない。

(六)  結局、本件土地の売買契約は、要素の錯誤によつて無効であるといわざるを得ない。

三、次に、被告斉藤らの取得時効の主張について判断する。

(一)  昭和二三年一二月一六日以降、斉藤真およびその死亡後は被告斉藤らが、所有の意思をもつて第二土地および第四土地(仮換地指定後)を平穏、公然に占有してきたことは当事者間に争いがなく、斉藤真がその占有の始めに善意でなかつたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  前記認定のとおり、斉藤蔵之助も交換の交渉に際し、逓信局係官から原告と同様のことをいわれ、やむなく交換に応じているのであるから、蔵之助あるいは斉藤真としては、原告も第二土地を自分らと同一の事情の下に国に売渡したのではなかろうかと、想像はできたかも知れないが、一応国(逓信省)の所有となつた土地と交換しているのであり、原告と国との間の売買契約がどのように行なわれたかを調査すること、特に、その売買契約に錯誤等の法律的かしの原因となる事実が存するかどうかなどの、法律的にもきわめて微妙かつ困難な問題について調査することを斉藤蔵之助あるいは真に要求することは、明らかに過大なことであるから、同人はその占有の始め善意であつたことについて無過失であつたものと解するのが相当である。

(三)  なお、成立に争いのない甲第八三号証によれば、第二土地の仮換地は原告主張のとおり、第四土地であることが明らかである。

(四)  してみれば、被告斉藤らは、昭和二三年一二月一六日から一〇年の経過によつて、第二土地を時効により取得したものというべきである。

(五)  原告の被告斉藤らに対する再売買の予約の主張は、その対抗要件を備えたことについて主張も立証もなく、主張自体理由がないから、右時効取得の妨げとならない。

四、第一土地の仮換地は、成立に争いのない甲第七八ないし第八二号証によれば、原告主張のとおり、第三土地であるものと認められる。

なお、右書証の「換地予定地の構成」欄相互の間には矛盾があるが、(例えば、換地予定地は甲第七八号証記載の土地のいずれかであるはずであるのに、甲第七九、八〇号証の換地予定地には、甲第七八号証記載の土地以外の土地が含まれている。)、その添付図面を対比検討すれば(すなわち甲第七八号証の添付図面表示の土地から、甲第七九ないし第八二証の各添付図面表示の土地を順次控除すれば)、第三土地が第一土地の仮換地であることは明らかである。

五、第三土地を被告公社が原告主張の日以前から占有していることは当事者間に争いがなく、記録上明白な、同日以前に被告公社に送達された本件訴状で原告が前記代金と引換に第一土地の引渡を求めている事実と前記認定事実によれば、被告公社は同日以降少なくとも過失により原告の第三土地に対する使用収益を妨げているものと解するのが相当であり、前記甲第一五、一六号証によれば、昭和三八年七月当時の第三土地の価格は、坪当たり少なくとも八一九、〇〇〇円であつたことが認められる。

しかるに、原告が右土地を利用すれば、少なくとも原告主張のようにその価格の年五分の割合による利益をあげ得ることは明白であるから、原告は右不法占有によりこれと同額の損害を被つているものというべく、右割合に基づいて計算すれば第三土地(三五五・〇五坪、時価坪当たり八一九、〇〇〇円)の一ヵ年の損害金は一四、五三九、二九七円五〇銭となる。

六、日本電信電話公社法施行法第三条(権利義務の承継)によれば、「公社法第三条に規定する業務に関し、公社法の施行の際現に国が有する権利義務は、別に定めるものを除く外、その時において公社が承継する」ことになつているから、本件売買が無効である以上、被告公社は、第一土地について、承継に基づく所有権移転登記についてのみならず、国(逓信省)のための売買に基づく所有権移転登記の抹消登記手続をする義務をも有するものというべきである。

なお、第二土地は被告斉藤らの所有に帰したのであるから、これに関する原告の請求が失当であることは明白である。

七、よつて、原告のその余の主張について判断するまでもなく、原告の被告公社に対する、二〇五、〇一九円の支払と引換えに第三土地引渡の請求、占有開始後である昭和三八年六月二〇日から右土地引渡ずみに至るまで前記の割合による損害金支払の請求、第一土地についての各登記の抹消登記手続の請求は理由があるからこれを正当として認容し、原告の被告公社に対するその余の請求および被告斉藤らに対する請求は理由がないからこれを失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田嶋重徳 定塚孝司 矢崎秀一)

第一~五物件目録図面<省略>

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